1890年の創業以来、食料・水・環境に関わる社会課題の解決に取り組む株式会社クボタ。水道管の技術研究を担う同社のパイプシステム事業部 パイプネットワーク技術部では、水道管路の更新計画の策定をサポートするシステム開発にあたり、地震による管路被害を予測するAIモデルの構築支援を日本タタ・コンサルタンシー・サービシズ(以下、日本TCS)に依頼。2022年10月から現在に至る継続的なPoCによって、予測の精度は従来手法と比較して約3倍の向上を実現しています。この取り組みでは、クボタが長年培ってきた管路技術に関する深い知見に、TCSのドメイン知識やAI・アナリティクス、問題解決のスキルを融合させることで、業界特有の課題解決を推進しました。新たなAIモデルを搭載した「ハザード被害AI予測システム」も2025年5月にリリースされ、全国の水道事業体に向けて提供を始めています。
| 実施前の課題 | 実施後の成果 |
|---|---|
| 老朽化した全国の水道管の更新と耐震化への対応が急務 | 従来の手法と比べて管路被害の予測精度が約3倍に向上 |
| 従来の手法では各地域における地震被害の予測や更新の優先順位の決定が困難 | 被害リスクと投資効果を踏まえた地域ごとの管路更新の優先順位の検討が可能に |
| 複数の要因を考慮した地震による被害発生確率の予測や、被害が発生する管路の特定が必要 | AIモデルを活用した「ハザード被害AI予測システム」のリリース、新たなソリューションビジネスへの展開 |
背景・課題
クボタの祖業である鋳物業をルーツとするパイプシステム事業部のパイプネットワーク技術部は、強度と柔軟性を備えたダクタイル鉄管の研究開発を通じて、日本の水道インフラを支え続けてきました。水道管の耐震領域では国内トップクラスの技術力を誇り、全国の数多くの水道事業体からも信頼を獲得しています。
しかし現在、全国で約74万kmに及ぶ水道管の老朽化が大きな社会課題となっています。管路の更新率は年間で1%にも満たず、2024年初頭の地震で大規模な断水が発生した際は復旧に長期間を要するなど、管路の耐震化の重要性が改めてクローズアップされました。
こうした背景から同社は、地震発生時の被害リスクを高精度で予測し、管路更新の優先順位を決定する技術開発プロジェクトを始動しました。パイプシステム事業部 パイプネットワーク技術部長の原毅史氏は次のように話します。
株式会社クボタ
パイプシステム事業部
パイプネットワーク技術部長
原 毅史 氏
「耐震化は急務でありながら、多くの水道事業体では財政難や人手不足などの課題から管路の更新が十分に進んでいません。そこで、限られたリソースで優先度の高い管路の耐震化が進められるよう、AIで更新計画の策定を支援するシステム開発に着手しました」
従来の管路被害の予測は統計的手法に基づくもので、特定地域で発生した過去の地震データや地盤データなどから地震動や液状化の分布を分析し、被害推定式を設定していました。そのため他地域への適用が困難であることに加えて、手作業が中心の計算では予測に用いる説明変数にも制約があり、精度に限界がありました。
さらに、予測の単位が250mメッシュに限られ、250m四方に埋設されている管路はすべて同一の危険度で評価される従来の手法では、早急な対応を要する管路の特定が困難であることも課題でした。パイプシステム事業部 パイプネットワーク技術部 第四課 担当課長の金子正吾氏は「AIを活用してより多くの説明変数を分析し、管路単位で危険度を評価するモデルの確立は長年の継続課題でした」と振り返ります。
取り組み
複数の要因を考慮した地震による被害発生確率の予測と、被害が発生する管路の特定に向けて、クボタはAIを活用した予測モデルの構築に着手し、そのパートナーとして日本TCSに技術支援を要請しました。
「日本TCSは、すでに当社の別部門のプロジェクトにおいてAIを活用した分析で成果を上げており、グローバルでの実績と高度な技術力、オフショア活用によりコスト面でも優位性があると判断しました」(金子氏)
同社と日本TCSによるAIモデルの開発は、2022年10月からPoCとしてスタート。以来、3カ月を1つのサイクルとして新たなAIモデルの開発、学習、検証、性能改善を重ねてきました。この取り組みは現在も継続中で、2026年4月時点でPoCは15回目を迎えています。
PoCでは、過去の地震データや自然環境データなどを管路データと組み合わせて、試行錯誤を重ねながら予測精度の検証を続けてきました。単純にデータを投入するのではなく、地盤境界などのデータを活用した効果的なパラメーターの検証のほか、被害に大きな影響を及ぼす地盤や液状化のデータも追加し、精度の向上につなげてきました。
「クボタには60年以上にわたって地震データや管路被害データを蓄積してきた歴史があり、管路被害と相関が高いデータをAIモデルの開発に活用できることが最大の強みです」(金子氏)
株式会社クボタ
パイプシステム事業部
パイプネットワーク技術部 第四課
担当課長(工学博士)
金子 正吾 氏
同様にパイプシステム事業部 パイプネットワーク技術部の四方惟武希氏も「被害の予測精度を高めるためには、データを加工して特徴量を付与することが重要です。そこにクボタ独自のノウハウが生きています」と話します。
株式会社クボタ
パイプシステム事業部
パイプネットワーク技術部
四方 惟武希 氏
プロジェクトは、日本TCSがパイプネットワーク技術部から分析結果の提供を受け、週1回の定例会議で課題を共有しながら開発と検証を進めました。プロジェクトリードを務めた日本TCSの薛效荷(セツコウカ)は、「PoCでは多数のモデル検証を高速で実行し、短いサイクルで改善を繰り返すことを重視しました。テーマは1週間単位で設定し、状況に応じてモデル開発に注力することもあれば、コードをゼロから開発することもありました」と振り返ります。
また、プロジェクトにはインドのオフショアエンジニアも参画し、国内外のチームが連携して支援しました。日本TCSのスクヴィハール・サナル・スクマランは「オフショアチームとは毎日のミーティングで進捗を確認し、目標を共有しながら進めました。ここではTCSのAI CoEのメンバーからも専門的な知見を提供してもらいました」と話します。
日本TCSの支援について、パイプネットワーク技術部ではレスポンスの速さと独自の技術力を高く評価しています。
「複数モデルの開発や特徴量の追加など、私たちの要望への対応が迅速で、プロジェクトを円滑に進めることができました。何十通りものモデルを短期間で提示していただけたことは大きな成果につながりました」(四方氏)
効果
クボタと日本TCSが共同で開発したAIモデルにより、地震による管路被害の予測精度は従来比で約3倍に向上しています。
「これは管路被害との相関が高い特徴量を追加しながら、日本TCSが開発するさまざまなモデルの検証を重ねてきた成果です」(金子氏)
また、AIモデルによって管路単位の被害発生確率の算出、GIS上での被害予測の可視化、断水人口の推定、管路更新後の被害低減効果のシミュレーションなどが可能になり、水道事業体は被害リスクと投資効果を踏まえた管路更新の優先順位を検討できるようになりました。
2025年5月には管路更新計画策定支援システムを構成するシステムとして、最新のAIモデルを搭載した「ハザード被害AI予測システム」と「断水エリア予測システム」をリリースし、全国の水道事業体に向けた提供を開始しています。
「このリリースによって、耐震管などの製品販売に加えて、ソリューションビジネスとして展開を加速する道筋が見えてきました。これを契機に社会のニーズを踏まえた新たなソリューション開発にもつなげていきたいと考えています」(原氏)
今後の展望
クボタでは、今後も日本TCSとのPoCを通じてAIモデルの精度向上に取り組むとともに、さまざまな地域の水道事業体にサービスが適用できるようチューニングを重ねていく計画です。
「地域に応じた特徴量を追加したり、学習データを拡充したりすることで、AIモデルをより進化させていきたいと考えています」(四方氏)
さらに、上下水道を統合した分析や、被害を受けた際の地域経済への影響評価など、活用範囲の拡大も視野に入れています。日本TCSでクライアントパートナーを務める徳満健太郎も「社会貢献という観点でクボタ様とタタグループのビジネスの方向性は一致しています。同じ目標を持つパートナーとして、今後もさまざまな形でクボタ様の事業戦略の実現に貢献していきたいと思います」と話します。
AIを活用した新たなアプローチで全国の水道管の老朽化という社会課題の解決に取り組むクボタ。AIを活用した新たなアプローチで、全国の水道管の老朽化という社会課題の解決に取り組むクボタ。今回の取り組みは、管路更新計画の高度化に貢献するとともに、耐震管などの製品販売に加え、水道事業体向けソリューションビジネスの可能性を広げるものです。新たな価値を創出する両社のパートナーシップで、今後も持続的な社会インフラの実現に寄与していくはずです。
“管路更新計画策定支援システムのリリースによって、耐震管などの製品販売に加えて、ソリューションビジネスとして展開を加速する道筋が見えてきました。これを契機に社会のニーズを踏まえた新たなソリューション開発にもつなげていきたいと考えています。
株式会社クボタ 原 毅史 氏
創業:1890年
本社所在地 :大阪市北区
資本金:841億円(2025年12月31日現在)
事業内容:人の生活に欠かせない食料・水・環境の領域において、持続可能な社会を支える多彩な製品・技術・サービスを提供
URL:https://www.kubota.co.jp/
※本事例の内容は2026年4月現在のものです。
※記載されている会社名・サービス名・製品名などは、各社の商標または登録商標です。