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    インドは日本企業の「次の主戦場」か

    市場参入から「能力獲得」へ。JETROニューデリー事務所長が語る、日印ビジネスとGCC時代の可能性

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    人口世界一となり、近い将来にGDP世界第3位入りが見込まれるインド。かつて「低コストの製造拠点」「巨大な消費市場」として語られた同国は、いま、日本企業にとって全く別の意味を持ち始めています。

    結論から言えば、インドが「次の主戦場」になり得る理由は、市場が大きいからではありません。GCC(Global Capability Center)や高度人材を通じて、日本企業が不足する能力を獲得し、グローバル競争力を再構築できる場になりつつあるからです。つまり、問われているのは「インドで何を売るか」ではなく、「インドの能力をどう自社に取り込むか」です。

    本稿は、TCS Japan Academyの社員向けプログラム「India Discovery Program」における、日本貿易振興機構(以下JETRO)ニューデリー事務所長・鈴木 隆史 氏の講演を基に、経営層が押さえるべきインドの構造変化と、その先にある戦略転換を整理します。

    Contents

    1. なぜ今、日本企業はインドに注目するのか
    2. インドは「14億人の単一市場」ではない
    3. 改革は進むが、長期視点が欠かせない
    4. 事業機会は広がり、日系企業に成果が見え始めた
    5. 次の焦点は、GCC・高度人材という「能力」
    6. 日本企業への示唆:市場参入から「能力獲得」へ
    独立行政法人 日本貿易振興機構 (JETRO)
    ニューデリー事務所長
    鈴木 隆史 氏

    1. なぜ今、日本企業はインドに注目するのか

    鈴木氏は講演の冒頭で、約8年間のインド駐在を振り返り、「最も変わったのは、日本から見たインドの見方だ」と述べました。特にコロナ禍以降、日本企業の経営層がインドを見る目は大きく変化しているといいます。

    背景には、三つの構造変化があります。人口では、インドは2023年に中国を抜き世界第1位となり、2050年ごろまで人口ボーナス期が続くとされます。経済規模では、近い将来、日本とドイツを抜きGDP世界第3位となる見通しです。成長の底堅さでは、2020年にコロナ禍でマイナス成長となった後にV字回復し、以降も6%台の成長が見込まれています。世界経済の不確実性が高まる中で、この相対的な安定が関心を高めています。

    日印関係そのものも変わりました。2014年当時の中心テーマは「Make in India」、すなわち現地生産・現地販売でした。しかし2025年8月の日印首脳会談では、今後10年で対印民間投資10兆円という目標に加え、半導体・AI協力、デジタル・パートナーシップ2.0、次世代モビリティ、経済安全保障、人材交流などが主要項目に掲げられました。

    JETROが提案する「日印経済安全保障アクションプラン」でも、デジタル・電気電子、エネルギー・鉱物資源、バイオ・ヘルスケア、産業基盤技術の4分野が示され、生成AI、半導体、蓄電池、医薬品、永久磁石などが具体的な対象品目に挙げられています。インドはもはや「安くつくる場所」ではなく、先端技術・サプライチェーン・高度人材・経済安全保障をめぐる戦略的パートナーへと位置づけが移っています。

    (出所)IMF "World Economic Outlook Database (2025年4月版)"を基にJETRO作成・JETRO鈴木氏講演資料

    2. インドは「14億人の単一市場」ではない

    インドを理解する鍵として、鈴木氏が繰り返し強調したのが「多様性」です。22の言語があり、州境を越えれば表記文字も変わります。地域ごとに気候・産業・消費傾向が異なり、州別の1人当たりGDPには最大で10倍近い開きがあります。デリーは政治・行政、ムンバイは金融とテストマーケティング、ベンガルールはIT、チェンナイは自動車というように、都市ごとに性格も違います。

    (出所)外務省・JETRO鈴木氏講演資料

    消費構造も変化しています。1人当たり国民所得は現在2,500ドル前後(日本の1970年代初頭並み)ですが、注目すべきは所得階層のシフトです。2030年には低所得層が2割以下に減り、上位中間層・富裕層が拡大する見通しです。従来の新興国戦略は低価格・低所得層向けのBOPビジネスが中心でしたが、今後は品質・ブランド・体験価値を重視する層への戦略が重要になります。すでにユニクロやニトリなどの日系企業が展開を進めています。

    さらに特徴的なのが、伝統的小売とデジタル化の共存です。家族経営の零細店「キラナ」は小売店舗の9割以上、売上高の約7割を担う一方、Paytmのような電子決済が急速に普及しています。日本のように大型店が小規模店を置き換えるのではなく、小規模店自体がデジタル化して生き残る点に、インドの独自性があります。鈴木氏はこれを「リープフロッグ」と表現しました。

    これらが示すのは一点です。インドを「14億人の単一市場」と捉えるのは適切ではなく、州・都市・産業クラスターごとに市場を読む必要があるということです。

    (出所) Euromonitor International(2025年5月時点データ)を基にJETRO作成・JETRO鈴木氏講演資料

    3. 改革は進むが、長期視点が欠かせない

    モディ政権は2014年以降、ビジネス環境改革を進めてきました。代表例がGST(物品・サービス税)の導入です。州ごとに異なっていた複雑な間接税が全国一律に統合され、事業環境は大きく改善したと評価されています。

    一方で、課題も残ります。JETRO調査では、在インド日系企業が挙げるリスクとして「税制・税務手続きの煩雑さ(67.1%)」「行政手続きの煩雑さ(60.0%)」「人件費の高騰(58.2%)」などが上位に並びます。基本給のベースアップ率中央値もインドは10%と主要国・地域の中で高く、人件費上昇は今後の経営課題になり得ます。

    インドを「成長市場」として楽観視するだけでは不十分です。制度・税務・インフラ・人材コストのリスクを前提に、10年単位で事業を設計する視点が求められます。

    4. 事業機会は広がり、日系企業に成果が見え始めた

    事業機会は、期待論から実績へと移りつつあります。政策面では、半導体で7,600億ルピー規模の振興策が打ち出され、マイクロンやタタ・エレクトロニクスなどの投資計画が進行しています。EVは政府が2030年の高い普及目標を掲げ(乗用車30%、商用車70%、二輪・三輪車80%)を掲げていますが、現状は販売の9割を二輪・三輪車が占め、今後の成長も二輪・三輪車が中心と見込まれます。再生可能エネルギーもエネルギー安全保障の観点から2070年ネットゼロを目標に注力分野となっています。

    日系企業の実績も伴っています。進出企業数は2024年10月時点で1,434社・5,205拠点。従来強かった自動車に加え、食品・日用品・小売・外食・エネルギーへと裾野が広がっています。収益面でも、2025年に営業利益「黒字」見込みの企業は75.5%と4年連続で7割超、今後1〜2年で事業を「拡大」する企業は81.5%に達し、主要国・地域の中でも高水準です。

    鈴木氏が示唆したのは、インドは時間はかかるが、長期的に取り組めば収益化できる市場だということです。短期成果ではなく、10年単位で育てる視点が問われます。

    5. 次の焦点は、GCC・高度人材という「能力」

    ここで、講演の重要な論点の一つとなったのが、インドをGCC・グローバル研究開発拠点として活用する動きです。

    すでに主要日系電機メーカーはベンガルールに研究開発拠点を置き、楽天のようにグローバル向け製品開発を行う例もあります。JETRO資料では、三菱UFJ銀行、ソニー、富士通、NTT、ホンダなど、幅広い業種の日系企業がインドに研究開発機能を設ける事例が整理されており、近年はIT以外の分野にも広がっています。

    そして人材は「ITだけではない」と鈴木氏は強調します。若さ(平均年齢はインド29歳、日本48歳)、スピード、数学・ITへの強さ、議論を厭わない姿勢などが特徴です。JETROが公開する海外大学ディレクトリーでも、インドは73大学が掲載対象となっており、採用・インターン・共同研究・大学連携といった多様な接点が広がっています。

    ここで重要なのは、インドGCCの本質は「安価な人材の活用」ではないという点です。日本企業が不足するデジタル・AI・エンジニアリング・プロダクト開発の能力を取り込み、グローバル競争力を再構築するための経営アジェンダです。この視点に立てば、インドはコスト削減拠点ではなく、事業変革を担う戦略的なケイパビリティ拠点として捉え直すべき対象になります。

    (出所)各社発表、HP等を基にJETRO作成・JETRO鈴木氏講演資料

    6. 日本企業への示唆:市場参入から「能力獲得」へ

    以上を踏まえると、日本企業のインド戦略は明確に転換点にあります。

    従来のインド戦略は、「何を売るか」「どの都市から参入するか」「現地生産を行うか」「どのパートナーと組むか」という市場参入の問いを中心に設計されてきました。

    しかし、これからのインド戦略で問われるのは、次のような能力獲得の問いです。

    • インドの高度人材を、どう経営資源として生かすか
    • GCCを通じて、どの機能をグローバルに再設計するか
    • AI・データ・クラウド・エンジニアリングを、どう事業変革につなげるか
    • スタートアップ・大学・研究機関と、どう連携するか
    • 日本本社の意思決定や組織文化を、グローバル協働に適した形へどう変えるか
    (写真出所)JETRO撮影・JETRO鈴木氏講演資料

    インドは、人口・経済・産業・人材のいずれの観点でも重要性を増す一方、多様性・制度・インフラ・人件費といった容易ではない課題も抱えています。だからこそ、短期的な市場参入ではなく、長期的な視点が欠かせません。

    インドは、単なる成長市場を超えた「変革のパートナー」になり得ます。GCC、高度人材、AI、研究開発、デジタル変革。これらを結び付けたとき、インドは日本企業が自らの競争力を問い直し、再定義するための戦略拠点となります。それが、鈴木氏の講演が指し示した最大のメッセージです。

    2026年5月時点
     

    * 本稿は、TCS Japan Academy「India Discovery Program」における鈴木 隆史 氏の講演・資料を基に、日本TCSにて編集・再構成したものです。
    * 本資料に含まれる著作物の著作権は独立行政法人 日本貿易振興機構(JETRO)、鈴木 隆史 氏、または正当な権利をもつ第三者に帰属します。
    * 本資料に記載されている他社名、製品名、サービス名などは、各社の商標または登録商標です。
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