近年、マルチクラウド/ハイブリッドクラウド環境の複雑化に直面するお客さまの声を、現場で直接伺う機会が増えています。
「クラウドごとに管理方法が異なり、運用が属人化している」
「コスト最適化の仕組みがクラウド単位でばらばらである」
「設定ドリフトやInfrastructure as Code(IaC)の乱立で、同じ環境が再現できない」
こうした課題は、業種を問わず聞かれるようになりました。
これまで、製造、流通をはじめとするさまざまな業界において、アプリケーション移行やクラウド統合運用などのプロジェクトをご支援してきました。その経験から見えてきたのは、「複雑性はクラウドごとの差異の積み重ねではなく、全体を貫く共通作法の不足によって生まれる」という構造的な問題です。
本記事では、現場で得られた知見を基に、複雑化の要因を紐解き、その解決策を体系的に解説します。
クラウド活用は、単一基盤での最適化の段階を終え、複数クラウドを併用するマルチクラウドや、オンプレミスと併存するハイブリッドクラウドが標準となりつつあります。これは企業にとって合理的な判断である一方で、ID管理、セキュリティ、監視、コスト、IaCなどの標準がクラウドごとに分断されやすく、気付かぬうちに運用全体の複雑性が蓄積されるという課題を抱えます。
その結果として、意思決定の遅延、監査対応の負荷増大、運用コストの増加、障害対応の長期化など、副作用が顕在化するケースも少なくありません。
企業がマルチクラウド/ハイブリッドクラウドを選択する理由はさまざまです。
代表的なものとして、以下が挙げられます。
これらはいずれも合理的な判断です。
しかし、その裏側では次のような課題が生じがちです。
こうした問題を解消する第一歩は、 「何が、どこで、どの基準で運用されているのか」を正しく把握することです。
具体的には、資産、依存関係、データフロー、アカウントやネットワーク構造、タグ、コスト体系、セキュリティ設定を棚卸し、現状マップとして全体像を可視化します。これがすべての改善施策の起点となります。
複雑性を解消するうえで重要なのは、「個々のクラウド差異を個別に吸収するのではなく、上位レイヤで共通化すること」です。
つまり、下位レイヤの差異は下位で吸収し、上位レイヤでは共通原則を定義して一貫した運用作法を適用するという設計方針です。
その考え方を示したのが、次の概念図です。
結論として、環境に混在するすべてのワークロードを「同じルールで扱える状態」に引き上げることこそ、複雑性解決の基本方針となります。
次に、具体的に取り組むべき課題とその打ち手について整理します。
表1は、マルチクラウド/ハイブリッドクラウド環境で頻出する症状と、それに対応する原則的なアプローチをまとめたものです。
表1:複雑化の症状と打ち手
症状 |
原因 |
打ち手 |
コスト不透明・予算超過 |
タグ未整備、サブスクリプションの乱立 |
FinOps:タグ標準 → 配賦 → 予約割引最適化の定例化 |
監査工数の増大 |
基盤ごとにルールが異なる |
Policy as Code:基準のコード化と自動評価 |
障害対応の長期化 |
監視サイロ化、相関不全 |
可観測性統合:スキーマ統一+アラート相関+AIOps |
移行判断の遅延 |
依存関係不明、4Rの選定が困難 |
可視化+ポートフォリオ分析:ワークロード別に方針決定 |
設定ドリフト |
多数の手作業パッチ |
IaC+ガードレール:自動配布・差分検知・自己修復 |
これらの症状は、いずれも属人化や個別最適の積み重ねがもたらす副作用です。
対策としては、統合プレーンを中核に据えた共通作法をコードと自動化で徹底することが最も効果的です。
本表は、「どの課題から改善を始めるべきか」を判断するための改善ナビゲーションとして活用できます。
コスト、セキュリティ、可観測性、移行判断、IaC という五つの観点で体系的に整理することで、複雑性を捉えやすくなり、改善の優先順位も明確になります。
マルチクラウド/ハイブリッドクラウドの複雑性は避けられません。しかし、統合管理プレーンを中心に据えた標準化と自動化により、複雑性を“管理可能な構造”へと変えていくことができます。
特に重要なのは次の三点です。
こうした取り組みを重ねることで、環境変化への対応や障害からの立て直し、コストに関する意思決定の質が徐々に変わっていきます。
その結果、複雑性に振り回され続ける状態から脱却し、ITを事業のスピードと安定性を支える基盤として活かせるようになります。
マルチクラウド/ハイブリッドクラウドを制約ではなく、競争力を下支えする基盤として機能させるために、まずは自社の環境を俯瞰し、どこから手を付けるべきかを整理することから始めてみてはいかがでしょうか。