エージェント型AIは、情報の提示や意思決定支援にとどまらず、業務プロセスの中で自律的に判断し、タスクを実行する段階へと進みつつあります。一方、技術的に動作することと、業務に定着し、継続的なビジネス価値を生み出すことは同じではありません。企業には、AIエージェントの性能だけでなく、業務プロセス、人による利用、リスク、コストを含めて成果を評価する視点が求められます。
本記事は、TCSがグローバルで公開したブログ「How to measure success with agentic AI in enterprises」をもとに、日本語版として構成したものです。エージェント型AIの成功を客観的に評価する必要性、期待と実態のギャップ、導入事例、ガバナンスと安全策について解説します。
さらに、日本企業がPoCから本格導入へ進む際の参考となるよう、日本TCSのAI専門家による解説を加えました。PoC、業務への定着、ビジネス変革という3つの段階を整理するとともに、成果を「ビジネス」「プロセス」「人とエージェント」「リスクと信頼」の4層で捉える評価の考え方を紹介します。
エージェント型AIとは、人が継続的に指示しなくても、自律的に行動し、意思決定を行い、タスクを実行できるシステムを指します。データとアルゴリズムを活用して状況に応じた判断や行動を行う点で、あらかじめ定められた処理を繰り返す従来型の自動化とは異なります。
企業がエージェント型AIを導入する際、まず重要になるのは、その役割と適用範囲を明確にすることです。どのようなタスク、プロセス、意思決定がエージェント型AIに適しているかを明確にすることで、現実的な期待値と測定可能な目標を設定し、取り組みをビジネス目標に沿って進めることができます。
また、適用範囲を明確にすることで、その効果を評価するための枠組みや成功指標を設定しやすくなります。これにより、効果を過大に評価したり、ビジネス上の目的と合致しない形で導入したりするリスクを抑えられます。
エージェント型AIに何ができ、何ができないのかを理解することは、測定可能な目標を設定し、過度な期待を避け、適切なガバナンスを構築するうえで欠かせません。その特性と限界を正しく捉えることで、企業は業務効率の向上に加え、実際の業務環境に応じて継続的に学習・最適化する、より高度な活用に向けて準備を進めることができます。
AIの活用範囲は、インサイトを提供して意思決定を支援するコパイロットから、エージェント型AIが業務の実行を担う領域へと広がりつつあります。
自律的に目標達成を目指すAIエージェントは、単に助言するだけではありません。複数のワークフローを連携させ、複雑な業務プロセスを一連の流れとして実行するとともに、ビジネス目標や状況の変化に応じて動的に対応します。これにより、AIは企業の業務プロセスそのものに組み込まれていきます。
AIの導入は、大きな成功として評価されることがあります。しかし、独立した調査では、企業による認識と実際の成果との間に、大きな隔たりが生じる場合があることが示されています。多くの企業は自社内での評価に依存していますが、そうした評価には厳密性や標準化された手法が欠けている場合があります。その結果、AI導入の成果を実態以上に評価してしまう可能性があります。
AI導入の成否は、期待感や対外的な発表だけで判断できるものではありません。業務効率の向上、エラーの削減、顧客への影響など、具体的な指標によって裏付ける必要があります。
客観的な測定フレームワークを導入することで、企業は成果を正確に評価し、改善すべき領域を特定できます。さらに、エージェント型AIの導入が単なる理論上のメリットにとどまらず、実際の業務価値を生み出しているかどうかも確認できます。
明確な測定の仕組みを確立し、導入後も継続的に検証することが重要です。
日本のAI専門家の視点
日本企業がエージェント型AIの成果を測る際には、性質の大きく異なる3つの段階を区別する必要があります。
PoCでは、統制された環境下でAIエージェントがタスクを完了できることが確認できます。しかし、それだけでは、従業員が実際に利用するか、業務プロセスが改善するか、例外的な事象に対応できるか、本番環境でも経済合理性が維持できるかまでは確認できません。
そのため、評価モデルでは、次の4つの層を結び付けて成果を捉える必要があります。
導入前には、事業責任者が現状の基準値、目標値、測定期間、許容できる運用範囲を定義する必要があります。導入後も、効果創出の責任をIT部門や運用部門に全面的に移すのではなく、事業部門が持ち続けることが重要です。
このアプローチは、試行・学習・改善の反復、継続的なPDCA、実環境での導入、運用経験の蓄積を重視する日本企業の考え方にもつながります。また、品質、信頼性、ステークホルダーからの信頼は、ビジネス価値と切り離して考えるものではありません。これらも、AI活用によって生み出される価値の一部です。
評価の目的は、AIエージェントの技術的な優位性を証明することではありません。AIエージェントが業務に組み込まれた結果として、企業の業務がより迅速で正確になり、変化や障害への対応力が高まり、より大きな価値を生み出せているかを見極めることです。
日本のAI専門家の視点
有効な評価指標は、ビジネス成果を起点とし、そこから業務プロセス、人とAIエージェントの働き方、テクノロジーとリスクへとつながる価値創出の流れに沿って設計する必要があります。
これらの層は、個別に評価するのではなく、相互の関係を確認する必要があります。
例えば、処理時間が短縮しても、顧客の手間が増えていれば成功とはいえません。自動化率が上がっても、例外処理が管理しにくい未処理案件に移っただけであれば、業務全体が改善したとはいえません。
モデルの精度が高くても、ユーザーがそのワークフローを信頼せず、利用しなければ十分な価値につながりません。一方、技術的な指標がそれほど高くなくても、処理量の多い業務で繰り返し生じるボトルネックを解消できれば、大きな価値を生む場合があります。
したがって、測定の設計では、こうしたトレードオフを可視化する必要があります。そのうえで、重要な効果とリスクのそれぞれに責任者を割り当て、導入範囲の拡大・再設計・撤退を判断する基準をあらかじめ定めます。
AIに期待される効果と、実際に生み出される成果との間にギャップが生じる背景には、主に次の3つの要因があります。
こうしたギャップを埋めるため、企業は厳格な評価のフレームワークを整備し、ユースケースの目的と業務範囲を明確にする必要があります。
測定可能な目標を設定し、継続的に成果をモニタリングするとともに、戦略目標との整合性を検証することで、AIのパフォーマンスを客観的に評価できるようになります。
これにより、エージェント型AIを期待先行の取り組みにとどめず、組織のさまざまな機能や部門で、具体的なビジネス成果を継続的に生み出す仕組みとして活用できるようになります。
期待した成果が得られないことや、投資の無駄を避けるためにも、企業は導入前から現実的な目標を設定し、十分な検証を行うことが重要です。
各業界における導入事例からは、エージェント型AIがもたらす可能性と課題の両方が見えてきます。
金融業界では、ある大手金融機関がAIを不正検知に組み込み、手作業による確認時間を大幅に削減しました。この取り組みでは、明確な目標設定、測定可能な成果指標、継続的なモニタリングを含む運用フレームワークが、具体的なビジネス価値の創出につながりました。
一方、ビジネス上のニーズと十分に整合していないAIプロジェクトでは、新たなボトルネックが生じるケースもあります。導入前に十分な検証を行わなかったり、成功指標を明確に定義しないまま展開したりすると、業務効率の低下や事業機会の損失につながる可能性があります。
これらの事例は、導入を計画的に進め、AI戦略を組織の目標に合わせることの重要性を示しています。高度なAIシステムであっても、業務上の目的や評価方法が不明確であれば、十分な成果を上げられない場合があります。
日本のAI専門家の視点
4層の評価フレームワークは、企業で繰り返し見られるさまざまなAI活用パターンに適用できます。
エージェント型AIの導入が進むにつれ、透明性、説明責任、公平性の確保がこれまで以上に求められており、ガバナンスと倫理面での監督の重要性が高まっています。適切なガバナンスがなければ、AIの導入によって、バイアスや業務上のエラー、ステークホルダーへの意図しない影響が生じる可能性があります。
効果的なガバナンスモデルは、次の3つを柱としています。
こうした仕組みを整備することで、AIシステムへの信頼を高め、倫理面、運用面、規制面のリスクを適切に管理できるようになります。
また、AIによる判断とその結果を、組織の価値観や方針に沿った状態に保ちやすくなります。
AIの導入は、システム障害からサイバーセキュリティ上の脅威に至るまで、さまざまなリスクを伴います。障害や予期せぬ事態が発生しても業務を継続・復旧できるよう、多層的な安全策を整備する必要があります。
組織が検討すべき主な対策は、次のとおりです。
こうした対策を講じることで、企業はリスクへの備えとイノベーションの推進を両立させながら、AIを責任ある形で導入することができます。
また、複雑で自律的なAI環境におけるリスクを抑え、AI投資から長期的なビジネス価値を生み出すことにもつながります。
エージェント型AIの成功は、AIエージェントが技術的に動作したかどうかだけでは判断できません。重要なのは、業務プロセスが改善し、人による利用が定着し、リスクとコストを適切に管理しながら、継続的なビジネス価値を生み出せているかどうかです。
企業は、PoC、業務への定着、ビジネス変革という段階を区別し、ビジネス、プロセス、人とエージェント、リスクと信頼の4層で成果を評価する必要があります。さらに、導入前に基準値と目標値を定め、導入後も事業部門が成果創出に責任を持ち、拡大、再設計、撤退を判断していくことが重要です。