多くの日本企業がAI技術の重要性とその可能性に注目し、AIによってビジネス変革が大きく進むことを期待しています。しかし、実際にはAIを導入している企業でも、その活用は表面的なもので終わってしまっていることがほとんどです。ビジネス変革のためにAIを真に活用するためには、企業内に点在するデータを、いかに「使えるデータ」へと変えていくかにかかっています。
本稿では、この「使えるデータ」を生み出し、ビジネスに活かすための仕組みをいかに構築すべきか、日本TCSでデータ&アナリティクス領域をリードする小島 英剛が、「データ基盤の成功がAI活用によるビジネスの未来を決める ~戦略的視点で考えるデータ基盤の構築と活用~」をテーマに、そのカギをご紹介します。
企業のAI導入におけるデータの主な課題はデータ面とAI面が考えられます。特に重要となるのが、AIがインサイトを生成する際に参照するデータ群となります。AIや生成AIのビジネス活用が日本よりも進んでいるグローバル企業では、その多くがデータのクレンジングやクラウド移行に注力しています。
これは、企業内に存在する暗黙知や属人化された情報を組織知へと変換し、良質なデータをそろえた上で分析しないと、正しい答えが出ず、AIを的確に活用することができないためです。鮮度が高く、良質なデータがそろっていると、AIがビジネス変革をも起こし得る絶大な効果が期待できます。そのため、多くの企業がAI活用の前提としてデータ整備に力を入れているのです。
海外でデータ活用に対する意識が高まる中、日本企業のデータ活用に関する調査結果*では、全社的に十分な成果を得ている組織は10%以下と非常に少ないことが指摘されています。
私が考える日本企業のデータ活用を妨げている課題としては、主に「サイロ化・レガシーシステムの依存」「サイバーセキュリティとIoTデータの非対応」「非構造データの壁」「規制やローカリゼーションへの対応のための負荷」「高齢化・スキルギャップ」の5つです。
*参考文献:Gartner、日本企業のデータ活用に関する最新の調査結果を発表:全社的に十分な成果を得ている組織の割合は8%
成果を獲得できていない |
理由 |
1.サイロ化・レガシー依存 |
データが部門・システムごとに分断され、全社統合が困難。クラウド移行やモダナイゼーションも停滞 |
2.サイバーセキュリティとIoTデータの対応 |
急増するIoTデータの統合やリアルタイム分析に対し、セキュリティ・監視の仕組みが追いついていない |
3.非構造データの壁 |
日本語文書や非構造データが多く、NLPや統合分析の障害になっている |
4.規制・ローカリゼーション対応 |
国内外の法規制や業界基準への対応が必須となり、ガバナンスやシステム設計に負荷 |
5.高齢化・スキルギャップ |
属人化・レガシー依存が進み、データ・AI時代に適応できる人材の育成・確保が不十分 |
実際に、「PoCを回せる人材が不足している」「データ利活用=手間が増えるという誤解から、現場の理解や協力の獲得が困難」「PoCをやったけど業務適応に至らない」といった話をよく聞きます。
こうした課題の根本は組織と文化に関わるものです。組織をどうやって作り上げていくのかという視野を持ち、データ基盤も小さく始めて大きく育てるといった段階的な導入を進めることが有効であると考えています。
しかし、指針のないままにデータ基盤が構築されていることも多く、その場合はデータの活用が上手く進んでいないことがほとんどです。
これらの日本特有の課題を解決し、「使えるデータ」を生み出すために必要なことは何か。そのカギとなるのが、データ基盤の設計です。
リファレンスアーキテクチャは、ビジネスの新たな価値創造へ向けて起点となる、いわば設計図ともいえます。TCSでは、全社的なデータ活用を支える設計図として、以下のように8つのブロックから成るリファレンスアーキテクチャを用意しています。
リファレンスアーキテクチャとは、データの収集、保存、処理、分析、利用といったデータに関わる一連のプロセスを効率的に行うための基盤を構築するための指針です。
このリファレンスアーキテクチャを構成する、データ統合と蓄積、セキュリティとガバナンス、運用と自動化の仕組みを基に、一連のプロセスを標準化し、再現性、透明性、持続可能性を担保することで、日本企業における課題を解決できると考えています。
先述した日本企業の5つの課題を、このリファレンスアーキテクチャに実際にマッピングしたものが以下の図です。
例えば、「サイロ化されたデータがある場合、どのように取り込めばいいのか」、「非構造化データを扱うには、どのようなモジュールを用いればよいか」といったようなことに対応しています。
こうしてマッピングすることで、必要な機能を検討する際に、その機能が既に存在するかどうか、存在する場合は、どこまで対応できているのかを把握したうえで適切な対応策を取ることが可能です。
このように、リファレンスアーキテクチャを活用すれば、「使えるデータ」を生み出すために何を考慮すべきか、将来どのような施策が必要かをもれなく整理し、見通しを立てて計画し、構築できます。
リファレンスアーキテクチャを用いて基盤を整備することでROI(投資収益率)を高めることが期待できます。具体的な効果としては、以下のように大きく5つ挙げられます。
このように、リファレンスアーキテクチャを活用してデータ基盤を整備することで、データの品質が向上し、十分な量のデータを収集・統合することが可能になります。また、ビジネスモデルの拡張に必要な、実際の業務に活用できるデータを整えることもできるようになります。これにより、AI活用におけるさまざまな課題も解消され、AIを通じたビジネス変革を現実のものとすることが可能になるのです。
さらに、こうして整備された「使えるデータ」を実際のビジネスで活かすためには、それを支える仕組み作りがかかせません。当社では、この点においてもリファレンスアーキテクチャをベースとしたデータ基盤診断サービスや独自のアクセラレータやフレームワークも活用し、戦略的な視点からデータの利活用を加速させる支援を行っています。