第1回では、グローバルケイパビリティセンター(Global Capability Center、以下、GCC)が単なる海外拠点ではなく、AI時代の競争力を自社に蓄積する経営モデルであることを解説しました。しかし、GCCを経営選択肢の一つとすることと、実際に構想し、立ち上げ、機能させることの間には、大きな隔たりがあります。
第2回では、日本企業がGCCを構想する際に直面しやすい課題から、経営が意思決定すべき論点と、その決定を実装につなげる方法を整理します。GCCの構想・実装に精通する日本タタ・コンサルタンシー・サービシズ株式会社(日本TCS)の小原 朋広が解説します。
GCCは、いまや情報システム部門で完結する取り組みではなく、複数の部門や機能にまたがる経営基盤として扱われるようになっています。まずは、この位置づけの変化と、日本企業がGCCを進める際に直面しやすい課題を整理します。
現在、GCCが担う領域は、従来のシステム開発や運用保守の集約にとどまりません。エンジニアリングやコーポレート業務にAIを組み込み、それを活用する人材や実装力を自社に確保することが、GCC実装の重要な目的になりつつあります。
これに伴い、GCCの主眼も、AIによる価値創出やコストの最適化、サービス品質や生産性の向上、業務のグローバル標準化へと移っています。特定の部門で完結する取り組みではなく、全社にまたがる経営基盤として位置づけられていることが、いまのGCCの特徴です。
したがって、個別のプロジェクトはCIO(最高情報責任者)が主導するとしても、全体方針はCxO(経営層)レベルの経営アジェンダとして扱う必要があります。
日本企業にとってもGCCは現実的な経営テーマになりつつあります。大手金融機関を中心に、グローバル人材の確保や業務集約を見据え、インドにGCCを構築する事例も現れています。
ただし、日本企業がGCCを検討・立ち上げる際、欧米企業と同じ進め方が常に適切とは限りません。日本企業に多く見られる組織構造や意思決定のあり方が、検討や実行のスピードに影響するためです。具体的には、以下の4つの壁が挙げられます。
こうした背景を踏まえると、日本企業にとって現実的なのは、対象領域を絞って小さく始め、段階的に拡大するアプローチです。業務を一気に移管するのではなく、海外拠点向け業務や、グローバル標準化しやすいIT機能、データ分析、AI活用、エンジニアリング支援など、英語での運営やグローバル標準化との親和性が高い領域を入口とする方法が有効です。
しかし、「小さく始める」ことと「小さく閉じる」ことは違います。PoC(概念実証)を繰り返すだけでは競争力の蓄積にはつながりません。最初は小さく始めるとしても、将来的にどの領域まで集約対象とするのか、どのケイパビリティを自社に蓄積するのか、どこまで現地に権限を委譲するのかを、あらかじめ決めておく必要があります。
GCCを「設立すること」自体を目的とせず、対象業務・人材ガバナンス・外部パートナーとの役割分担をどう設計し、見直していくかが重要です。
では、このような前提のもとで、経営は何を意思決定すべきなのでしょうか。GCCの構想・拡大における論点は、Scope(何を)、Scale(どこまで)、Speed(いつまでに)の3つに整理されます。本稿では、この3つを「3S」と呼び、経営が最初に定めるべき論点とその順序としています。
順序にも理由があります。対象となる業務や機能が決まらなければ必要な規模を算定できず、規模が決まらなければ現実的なタイムラインを設計できないためです。
GCCをどのように構築するかを検討する前に、GCCにどのような業務や機能を担わせ、どのような技術力や人材を確保すべきかという「中身」を定義する必要があります。
国内事業向けのSAPなどのIT・基幹系のシステムの開発や運用・保守を担うのか、海外法人向けグローバルヘルプデスク機能を集約・標準化するシェアードサービス拠点として運営するのか、AIを活用した市場・顧客データ解析支援やコーポレート機能自動化を推進するイノベーション部隊を立ち上げるのか、製品の差別化を実現する組込みソフト設計開発による高度な製品開発能力を強化するのか。GCCが担う対象を定めるScopeこそが、最初に検討すべき論点です。
Scopeが定まれば、次に検討すべきなのは規模と将来像です。目指す規模を明確にすることで、コスト削減や業務の標準化、事業成果、イノベーションといった目標がより具体的になります。
一方で、段階的な拡大はリスク抑制に有効ですが、パイロットによる検証だけを繰り返していては、拡大に向けた投資の判断が難しくなります。だからこそ経営の意思と事業計画に基づいて、規模と将来像をあらかじめ描いておく必要があります。
ScopeとScaleが定まって初めて、Speedの議論に進むことができます。タイムラインが曖昧なプロジェクトは、途中で停滞したり、スコープや方式が大きく変わったり、本来実現しようとしていた成果を上げる前に終わってしまうケースが多いといえます。
いつまでに何を実現するのかを明確にすることが、実行フェーズを支える最後のピースです。Scope、Scale、Speedの3つがそろって初めて、GCCの構想を事業計画や実行計画へ落とし込めるようになります。
3Sは意思決定の型にとどまらず、設計・実装フェーズの指針にもなります。Scopeで定めた対象領域は業務や機能の設計に、Scaleで描いた将来像はオペレーティングモデルの設計に、Speedで示したタイムラインは立ち上げ方式の選択につながります。
ここでは、3Sを「動く仕組み」に変えるための設計要素と、それを部門横断で実行するための推進条件を整理します。
実務では、次の要素をセットで設計します。
設計要素をそろえても、実行段階で意思決定が滞れば、GCCは十分に機能しません。実行を支える条件は、トップダウンで意思決定できる推進体制です。
GCCは複数部門にまたがる取り組みであるため、部門を超えて方針を示し、意思決定できる推進役が社内にいることが成否を左右します。現場だけではScopeやScaleに関わる全社的な判断が難しい場合があるため、当社が支援するプロジェクトでも、役員やCxOクラスが責任者を担い、現場と連携しながら推進する体制が実行を後押ししています。
なお、GCCの成果をKPIや規模の達成だけで判断することはできません。「1,000人を達成できたから成功」とは限らず、何をもって成功とするかは企業がGCCに求める役割によって異なります。
だからこそ、Scope、Scale、Speedの「3S」を自社の文脈で定義し、実行し切ることが、成功の本質的な要件になります。
3Sに基づいて意思決定し、設計・実装されたGCCは、AI時代においてどのような価値を生み出すのでしょうか。本来のGCCの姿は、AIを実装・活用するための人材や機能を自社内に確保し、複数の業務へ展開する変革推進の中核にあると考えています。
この姿を成立させると、GCCは次の流れで事業価値を生み出します。
AIの実装 → 複数業務への展開 → 知見とケイパビリティの蓄積 →事業への貢献
具体的には、業務の標準化・自動化や、高度人材による製品・サービス開発などが挙げられます。
AIをどう拡大し、全社へ展開していくかは、今後も経営における重要なテーマであり続けます。GCCをその実行基盤として位置づけることで、業務の標準化や自動化のみならず、高度人材による事業側の支援にもつなげられます。
もっとも、この一連の取り組みは、自社で企画・戦略の立案をするだけでは完結しません。設計、立ち上げ、運営、AIの実装と拡大まで、実務を伴走できるパートナーとの協働が鍵になります。
GCCで問われるのは、拠点を持つかどうかではなく、Scope・Scale・Speedの「3S」を自社の文脈でどう定義し、実行するかです。3Sを経営課題や事業戦略に沿って設計し、必要な体制や役割分担を整えることが、AI時代にGCCを「価値創出の中核」へと成長させていく道筋となります。