イベントレポート
AIネイティブ企業への変革 ― 基盤から価値創出まで
差異化の源泉は「AIをどれだけ使うか」ではなく「AIで事業をどう変えるか」にある
AIの活用が広がるなか、企業の経営層が向き合う問いは、「AIをどう導入するか」から「AIを軸に事業をどう再設計するか」へと移りつつあります。
2026年10月5日〜7日に開催された日本経済新聞社主催「生成AIサミット2026 AIネイティブ社会への移行 〜制度・産業・人の役割はどう再設計されるか」では、初日にタタコンサルタンシーサービシズ(TCS)の最高AI・サービス変革責任者であるアミット カプールが登壇し、「AIネイティブ企業への変革 ― 基盤から価値創出まで」と題して講演しました。
講演では、AIの導入と拡大の現在地を整理したうえで、経営者が向き合うべき3つの問いと、TCSが提言する6つの選択を示しました。さらに、企業の事例とTCS自身の変革を交えながら、AIネイティブ企業への道筋を語りました。
企業はこれまで、メインフレーム、インターネット、デジタル、モバイル、クラウドと、数多くの技術の変化を経験してきました。しかし、AIは単なる技術の変化ではなく、「文明の転換」であり、その影響はビジネスにとどまらず、社会全体に及ぶと語ります。
2025年、多くの企業はAIの基盤づくりに取り組み、技術と事業運営の両面でAIの検証を重ねてきました。そして2026年、鍵となるのが「AIファースト」ではなく「AIネイティブ」という考え方です。AIネイティブとは、信頼できるAIを全社で連携させ、業務と意思決定を再設計し、事業成果につなげることです。
一方で、カプールは、AIモデルの進化の速さに企業が同じ速度で追随する必要はないとし、「スピードは必要だが、品質やガードレールとのバランスを取りながら、ビジネス成果に集中することが大切だ」と指摘しました。
カプールが多くの企業の経営層と対話する中で感じているのは、問いそのものの変化です。実験段階の問いは「AIは機能するのか」でした。PoCや実証が数多く行われたのはこの段階です。
現在の問いは「AIはどこで事業成果を変えるのか」です。全社的な取り組みや業務の仕組みのどこにAIを組み込めば成果につながるのかが、議論の中心になっています。さらにその先にあるのが、「再構想」の段階です。AIの力を前提に、プロセスや業務、意思決定の仕組みを考え直し、事業の運営方法そのものを変えて、他社と一線を画す業績を上げる。こうした考え方が、業界や市場を問わず経営層の間に広がっているといいます。
AIを本格的に拡大するには、3つの基本的な問いに答える必要があります。これは世界中の企業に共通する問いであり、日本も例外ではありません。
価値:AIはどこで最大の事業価値を生み、その費用対効果をどう確かめるのか
信頼:AIに自社のコンテキストを組み込み、独自の知見を守りながら、信頼性・ガバナンス・法令遵守をどう確保するか
実装の仕組み化:AIを継続的に展開・定着させるためのアプローチと戦略があるか
これらは、実験やパイロットを終え、AIを本格的に拡大する段階だからこそ生まれる問いです。なかでも重視されるのが「学び続ける組織文化」です。人材だけでなくAIの仕組みも、自社固有のコンテキストや意思決定から学び続けられるよう設計することが、差異化につながります。
こうした問いに対して、TCSは経営者が検討すべき6つの選択を提言しています。その前提として強調されたのは、ビジネス上の責任者と目指す事業価値を明確にしないまま、PoCや実証を始めるべきではないという考え方です。
技術が機能することを証明するためのパイロットを急ぐ必要はありません。価値を生み出すのは、個々の技術ではなくエンド・ツー・エンドのワークフロー全体です。そのワークフローが定まることで、事業に変化が生まれます。
最先端のAIモデルの能力が誰にとっても同じなら、企業はどうやって差異化するのか。その答えは、自社固有のコンテキストと、そこから生まれるアクションにあります。これが、市場における独自性の源泉になります。
人とAIモデルの双方に学習の循環を組み込むことが、ビジネスを継続的に改善していく原動力になります。
目指すのは、自律性をどこまで高められるかを競うことではありません。人とAIの適切なバランスのもとで、信頼に裏打ちされた自律性を実現することです。
多くの企業にとって最大の課題でありながら、現時点で最も投資が不足しているのがこの領域です。ある成果を出すために10の作業が必要だとしても、最先端モデルの能力が必要なのはそのうち2つ程度かもしれません。しかし現在は、10の作業すべてが同じモデルに送られ、コンピューティングリソースやトークンの消費が膨らんでいます。用途に合わせてモデルを適正サイズにするアーキテクチャを設計すれば、こうした無駄を抑えられます。
AIが進化すれば、サイバー領域のリスクも高まります。かつては脆弱性の発見から対処まで数か月かかっても許容されていましたが、いまは数週間、あるいは数時間で修正できるかが問われています。業種を問わず、常に安全で、止まることなく稼働する「ミニマム・バイアブル・エンタープライズ(必要最小限の事業基盤)」の確立が欠かせません。
信頼できる自律性を設計するために、TCSは企業の業務を、人が実行しAIがツールとして使われる「レベル1」から、システムがバリューチェーン全体を連携させる「レベル5」までの5段階に分類しています。現在、多くの企業はレベル1〜2にとどまっています。ツールの導入や自動化は進んでいるものの、エージェントを活用して生成AIの力を引き出す段階には、まだ至っていないといいます。
講演で特に強調されたのは、どのレベルでも人の関与がなくなることはないという点です。「レベル1では業務の90%を人が担い、AIが担うのは10%。レベル5ではこれが逆転するが、それでも残りの10%には人の判断が必要だ」。AIを活用するあらゆる場面で人によるガードレールが不可欠であり、人が判断に関わる「ヒューマン・イン・ザ・ループ」を設計段階から組み込む必要があります。AIのオブザーバビリティ(可観測性)やガバナンスといった新たな仕組みも生まれていますが、いずれも企業のコンテキストと人の適切な関与がなければ十分に働きません。
ソフトウェア開発を例にとると、コーディング支援ツールの機能は驚異的な速さで向上しています。しかし、企業での活用は同じペースでは進んでおらず、レベル3まで活用が進んでいる企業はわずか5%です。「コーディングはソフトウェア開発ライフサイクルの1つの工程にすぎない。開発全体をエンド・ツー・エンドで捉え、企業のコンテキストをモデルに取り込んで安全に活用することが必要だ」。カプールは、これこそがツールの進化と企業の活用とのギャップを埋める鍵だと強調しました。
講演では、地域も業界も、AI活用の出発点も異なる3社の事例が紹介されました。が、いずれも、それぞれのやり方でAIに備え、活用を広げています。
障害に強く、AI活用にも対応できるITシステムの運用を実現するため、クラウドとデータの基盤を刷新しています。30〜40年にわたって使われ、仕組みを理解している社員がごく限られていたアプリケーションでは、AIを使ってそこに埋もれた知識やノウハウを読み解くことで、本来なら数年かかる作業を大幅に短縮しました。
規制の厳しい銀行業界にありながら、AIセンター・オブ・エクセレンス(AI CoE)を全社横断の組織として設立し、生成AIを大規模に活用するための基盤・ガバナンス・運営体制を構築しました。既存事業へのAI展開に加え、AIネイティブの新規事業も立ち上げており、現在は両者の効果の違いを比較できる段階にあります。
コンタクトセンターを中心に、高度な自動化と一人ひとりに合わせた対話によって顧客対応を再設計しました。顧客の状況を理解し、問題を素早く解決する能力を高めるとともに、得られた知見をシステムに繰り返し学習させています。まさに6つの選択で挙げた「学習の循環」を体現する取り組みです。
さらに、カプールは、「お客さまや市場に変革を提案している私たちは、自らも変わっているのか」と問いかけ、TCS自身の変革を紹介しました。TCSは、組織変革、あらゆるサービスの再定義、将来に備えた人材モデル、お客さまのAI活用の実現、AIエコシステムという5本柱で変革を進めています。
その一環として、TCSはすべてのサービスを自律性レベル1〜5の観点から定義し直しました。さらに、TCSは「エージェント・コントロール・プレーン」の設計も進めています。AIエージェントが想定外の振る舞いをするリスクに備え、そのライフサイクルを一元的に監視・管理し、企業のコンテキストに沿った動作へと導く仕組みです。
エコシステムの面では、主要なハイパースケーラーやエンタープライズアプリケーションのパートナーに加え、最先端のAIモデルを開発する企業とも提携しています。こうしたパートナーと共にAI CoEを設立し、企業が「価値・信頼・実装の仕組み化」の3つの問いに答えられるよう支援しています。
講演の最後に、カプールは「AIの進化全体を振り返ってみても、『どれだけAIを使ったか』で成功が測られることはない」と語りました。
AIは、企業がインテリジェンスを築き、自社ならではのコンテキストを生かすための手段をもたらします。「そのコンテキストとインテリジェンスを、事業の運営や再構想にどう結びつけるか。そこから差異化が生まれ、企業にとってのAIの価値が最も大きくなる」。こう語り、カプールは講演を締めくくりました。
※掲載内容は2026年10月現在のものです。
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