"アジャイル”というと、スピーディなソフトウエア開発を連想される方が多いと思いますが、私がここでお話ししたいアジャイルは、企業の在り方そのものに適用し、ビジネスの計画・運営にも非常に有効なモデルとしてのアジャイルです。正しく用いれば組織運営のスピードと柔軟性を高め、新たな強みを生み出すことができます。
現代のビジネスの世界で“スピード”より大事なものがあるでしょうか?破壊的な技術を味方に突如として出現し、従来の顧客の期待そのものを塗り替える“ディスラプター(disruptor:創造的破壊者)”と呼ばれる新規参入者の存在など、多くの企業が自社の存在自体を脅かす新たな試練に直面しています。従来の既存のコアビジネスを堅実に伸ばすことに多くの経営資源をかけ続ける経営手法を、変えるべき時期が訪れています。
組織が変えるべきことは、現状維持という守りの姿勢から、積極的にリスクや変化を受け入れる姿勢への転換です。ただ、こうした考え方は、経営層中心によく認識はされていますが、なかなか実行にはつながっていないのが実情だと思います。
タタコンサルタンシーサービシズ(TCS)が推奨するデジタル時代における企業の在り方「Business4.0™」に関する調査では、世界の大企業1,200社強を対象に調査を実施し、今後1年以内にビジネスモデルの変革を予定している組織は、全体のわずか3分の1という結果になりました。「Fail Fast(早いうちに失敗を経験して前進すること)を実践することが容易ではない」と考えていると推測されます。
ただ、グローバルでビジネスを展開するような大企業であっても、アジャイルの考え方や手法を採用し、組織再編や意思決定、あるいは従来よりも迅速なサイクルで新たなソリューションやサービスを投入できるようにすることは必須事項であり、また可能だと考えます。
従来のソフトウエアやソリューション開発におけるアジャイル開発は、数多くのメリットがあり、スピーディなサイクルで“イテレーション(iteration:反復)”していきます。このため、変化に柔軟かつ俊敏に対応できるのです。もっと大きな意味でのアジャイルとして、企業や組織そのものの運営にも生かす“エンタープライズアジャイル”という考え方が広がりつつあります。前述の「Business4.0」に関する調査では、デジタルトランスフォーメーションの推進力となるBusiness4.0の四つの取り組み姿勢全てを実践している企業は全体の9%にすぎませんでしたが、彼らの約7割は、すでにエンタープライズアジャイルが、時代に求められるスピーディなプロセス・意思決定を支えていると答えています。
ここで日本企業に焦点を当てていきます。私が感じている日本企業の特長は、①高い技術力②やると決めたら団結し「世界一の実行力」でやり遂げる③内向きで変革を是としない文化(「お変わりありませんか?」=変わらないことが良いとされる文化)の三つです。世界に誇る技術力や実行力があるにもかかわらず、「お変わりありませんか?」という変革に対して後ろ向きな文化が、時にはあだとなっているのではないでしょうか。それを打破するために、経営層を筆頭とした「マインドセットの変革」と「デジタル技術を活用したビジネス変革=DX」が必須であると考えています。また、日本企業が誇る品質を担保する上でも、エンタープライズアジャイルは重要です。今の時代においては「スピードこそが品質」といえるからです。
エンタープライズアジャイルの概念は、実施へのハードルが高いように感じるかもしれません。しかし、以下の三つのステップを実行することにより、全社的な取り組みになると思います。
エンタープライズアジャイルとは、作業の進め方に対する垣根を取り払い、社員が社内の調整プロセスやセクショナリズムの垣根にとらわれることなく、それぞれの専門性を発揮できるようにすることなのです。こうしたポイントを押さえて説明していけば、多くの社員が腹落ちし、自分事として実行に移していき、全社的なムーブメントになっていくのではないかと思います。
エンタープライズアジャイルは、より俊敏に変化にタイムリーに対応できる体制を手に入れるために有効な方法です。エンタープライズアジャイルが遠い道のりに見えても、今すぐに「初めの一歩」を踏み出し、組織が時代に求められるスピード感のあるアジリティを獲得し、その効果を日々実現していくことが、今の時代には欠かせないことだと思います。日本企業は、エンタープライズアジャイルを取り入れることでスピードと柔軟性を高め、その潜在能力を大きく昇華させ、再びグローバルをリードする存在になれると思います。
※掲載内容は2019年10月時点のものです。