イベントレポート
Innovating for a Dynamic Future — 明日をダイナミックに生きる組織
生成AI時代、企業成長の鍵は“意思決定の質”にある
ハリック ヴィン 博士
タタコンサルタンシーサービシズ シニアバイスプレジデント兼チーフテクノロジーオフィサー
TCSのシニアバイスプレジデント兼チーフテクノロジーオフィサーとして、AI、量子コンピューティング、ロボティクスといった先端テクノロジーと働き方の未来に焦点を当て、研究・イノベーション戦略を主導。 TCSのベンチャー企業であるDigitateを設立し、世界初の企業向けコグニティブオートメーション製品ignio™の開発を主導するなど、重要な役割を担ってきた。 前職では、テキサス大学オースティン校でコンピュータサイエンスの教授を務めた。
AIをどう活用し、どのように人と共存させていくのか。
この問いは、いま多くの企業に共通するテーマです。AIをはじめとするテクノロジーの進化は、私たちの仕事の進め方や組織の在り方を根本から変えようとしています。
2025年10月6日〜8日に開催された日本経済新聞社主催「生成AIサミット2025 AI共創時代の未来図〜経済、社会、教育」では、7日にタタコンサルタンシーサービシズ（TCS）シニアバイスプレジデント 兼 チーフテクノロジーオフィサーのハリック ヴィン博士が登壇し、「Innovating for a Dynamic Future — 明日をダイナミックに生きる組織」と題して講演しました。
講演の冒頭でヴィン博士は、「AIと人が互いに学び合い、変化を重ねながら“より良い判断”を生み出していくこと。そうした取り組みが、企業の持続的な成長を支える新しい力になる」と、将来的なAIとの関係性の変化について述べました。
ヴィン博士は、AIによる生産性向上を到達点ではなく出発点と捉え、生産性の次に高めるべきは“意思決定の質”だと強調します。AIの導入を目的にするのではなく、AIを通じて意思決定の質をどのように高めていくか。講演では、その視点から、次の時代を見据えた働き方と組織の姿を示しました。
AIと人の共存がもたらす新しい組織のかたち
AIは多くの現場で業務の一部を効率化するための手段として使われていますが、タスク単位の最適化にとどまっていては、組織全体の価値には届きにくいのが実情です。むしろ、部分的な自動化が進むほど、部門ごとの分断が強まり、全体の動きが見えにくくなることもあります。業務中心のAIから一歩進み、人とAIが補い合う新たな関係性を模索していく必要があります。ヴィン博士は、「人とマシン（AI）が互いに補い合い協働することを前提に、役割や意思決定のプロセスを組み直していくことが、次の成長フェーズを切り開くポイントになる」と述べました。
生産性から選択の質へ、AIがもたらす次の進化
私たちが行うあらゆるタスクや仕事には専門知識が必要であり、こうした知的労働の多くは意思決定と実行の組み合わせで成り立っています。これまでAIは主に実行面の効率化を後押ししてきましたが、次に問われるのは意思決定の質です。
というのも、トップパフォーマーと一般的なメンバーの間には能力に大きな差がありますが、この差の多くは実行の質ではなく、選択の質に起因しているからです。
例えば、創薬においては治療に有効な標的分子を見つけるまで5〜6年を要してきましたが、候補の選択をAIが支援することで、この期間を大幅に短縮できます。一方、保険契約の引受業務は熟達に約20年を要しますが、判断過程の支援により数年へと短縮することが期待できます。これは単なる処理速度の向上ではなく、選択の質を底上げしてアウトプットの品質を変える取り組みです。
このように、AIがもたらす未来は、単なる効率化の先にある「成長のあり方そのものを変える」可能性を秘めているのです。
ヴィン博士は、「優れた意思決定を行えるかは、これまで個人の能力や経験に依存してきたが、AIの活用によって、その差を埋め、組織全体で意思決定の質を底上げできる時代になっている」と語ります。そして、「意思決定の領域こそ、次にAIが進化すべきフロンティアである」と強調しました。
こうした例が示すように、AIの活用は実行面の効率化にとどまらず、判断そのものを支える段階へと進み始めています。より良い判断の積み重ねを生むためには、意思決定に至る流れを整理し、どの段階でAIを生かすのかを明確にする必要があります。ヴィン博士は、こうした取り組みを“意思決定の仕組みを整えること”と捉えています。
意思決定を支える「信頼できるAI」と「レガシー化しないAI」
意思決定の構造そのものを再設計するには、信頼できる技術基盤が必要です。AIの進化が速いほど、品質や安全性を担保する信頼できるAIが要になります。AIの判断を人が後から確認できるようにし、運用の中で継続的に改善していきます。
同時に、レガシー化しないAIを実現する視点も欠かせません。AIは運用を通じて環境やデータが変化していくため、導入時のテストだけに頼らず、実際の運用段階での基準をあらかじめ定めておく必要があります。具体的には、どこからを誤生成（ハルシネーション）と見なすか、どのしきい値で人が介入するかなどを決め、挙動を見守ります。
また、アーキテクチャは生成AIと従来型AIを役割によって使い分けて組み合わせます。それぞれの技術が得意とする領域を補い合い、精度と再現性の両立を図る。こうした取り組みが、AIを単なるツールではなく、企業の知的なインフラへと高めていきます。
人とAIがともに成長する働き方へ
AIが業務の一部を担うようになると、人の役割も変わります。人の役割はAIを使うだけでなく、AIの育成（トレーナー）や結果の見極め（レビュアー）へと広がります。タスクをこなすだけでなく、AIが出した結果を確認し、改善の方向性を導く視点が、組織全体の質を高める鍵になります。
ヴィン博士は人の役割について、「仕事をするだけでなく、AIがどのように学び、どう成果を出しているかを見守る存在になる」と捉えています。
AIが進化を続ける一方で、その振る舞いを正しく理解し、必要に応じて調整する力も求められます。こうした力を身につけるためには、新しいスキルの習得や教育体制の見直しが欠かせません。AIと協働するための基礎的なスキルの習得（AIのためのスキリング）に加えて、パーソナライズされた学習内容を提供するAIの導入（スキリングのためのAI）で、学びの速度と定着度を高めることができます。これらの取り組みを通じて、「人とAIが共に成長する環境を整えることが、持続的な競争力の源になる」とヴィン博士は述べています。
AIが意思決定を担う、これからの企業の在り方
ヴィン博士は、「生産性向上の先にあるのは判断の質を高める経営であり、これがネクストプラクティスの中核になる」と指摘します。さらに、「変化し続ける組織だけが、未来を切り開いていくことができます。そして人とAIが肩を並べ、新しい価値を生み出していく。その先にこそ、これからの組織の姿があります」と展望を語りました。
もっとも、人とAIが協働するハイブリッドな働き方を実現するのは容易ではありません。「技術や組織管理上の乗り越えなければならない課題が山積しています。だからこそ、ビジョン、知恵、勇気をもって、明日に備えた組織の実現に向けてチャレンジしてほしい」と博士は会場の参加者へ呼びかけ、講演を結びました。
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