デジタル変革の次なるステージ - 技術と組織の両輪で実現する適応力
タタコンサルタンシーサービシズ 最高経営責任者兼マネージングディレクター、日本タタ・コンサルタンシー・サービシズ 取締役会議長 K. クリティヴァサン
いかなる時代にも適応できる企業へ
昨年は、世界全体が大きな変化に見舞われた年でした。世界中で起きている紛争や気候危機は、残念なことに、よくなるどころかますますひどくなっています。
世界中が不安に満ちている中で、一つだけ明るいニュースがあります。それは、技術のさらなる進歩です。地政学的な緊張や不確実性が高まる現代において、企業はどのように技術を活用し、デジタル変革を進めるべきなのでしょうか。
私たち企業が目指すべきは、「いかなる時代にも適応できる企業」です。つまり、環境の変化をつかんでチャンスと捉え、人材を活用して変化の波を乗り越えていく。そうした取り組みを永続的に続けていくことができる企業になっていかなければなりません。
そのためには、3つの重要な原則があると私は考えています。
原則1:新しいテクノロジーの積極的な導入
最先端の技術を先んじて導入し、迅速に展開していかなければなりません。技術が世の中に十分に広がるのを待ってから導入するのでは遅すぎるのです。先頭に立って実行するパイオニアになることが非常に重要です。
原則2:テクノロジーを活用できる人材育成と組織改編の継続
絶えず進歩する技術の変化に合わせ、新しい技術の人材教育だけでなく、人材や機能の新しい役割に応じた組織改編を行っていかなければなりません。新しい技術を十分に活用するためには、ただ学んで終わりというわけにはいかないのです。
原則3:あらゆる環境変化に対するレジリエンシー(回復力)
テクノロジーによってサプライチェーンを柔軟で強いものにすることで、ビジネスの対応力とレジリエンシーを高めていく必要があります。
そうした中で、私たちTCSはどんな役割を担うのか。そして、今私たちが何をしているのかについて、ご紹介します。
原則1:新しいテクノロジーの積極的な導入
テクノロジーについては、昨年に引き続き今年も生成AIに注目しています。生成AIの技術は急速に進歩しており、OpenAIが打ち出したChatGPTが広く利用され、次々と生まれたLLM(大規模言語モデル)も一般的に使われるようになりました。LLMに関連して、小規模言語モデル(SLM)と呼ばれるものも登場しています。さらには大規模言語モデルの出力を最適化するRAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)、より精度の高い回答を引き出すためのプロンプティングの技術など、新しい技術が生まれ続けています。
一方で、LLMは何ができるのかということも変わりつつあります。テキストを処理するコストが下がり、処理できる量も急速に拡大しています。この分野ではさまざまな進化が起きているのです。
TCSが、世界各地の1,300人以上のビジネスリーダーを対象に、生成AIの活用状況について調査すると、94%のビジネスリーダーがもう既に導入していると回答しました。つまり、少なくとも実験段階にあると答えているわけです。
しかし、本当にユースケースから実用にまで至ったのか。つまり、それでビジネス価値を生んでいるものがあるかということになると、実は12%しか本番環境への実装には至っていないのです。
TCSでは、以下のような生成AIの役割に応じたユースケースを3つに分けています。
生成AIによるアシスト
必要な情報を取ってきたり、何らかの記事のサマリーを作成したりというような、ただ単に人間のお手伝いをするというものです。
生成AIによる強化
人間に対して、協力者として適切な支援ができるタイプのものを指します。例えば、推奨したり、提案したりすることができるものです。
生成AIによる主導
AIが主体性を持ち、人は監督していればいいというタイプのものです。つまり、人はAIが間違ったこと、悪いことをしていないかどうかを見るだけで済むのです。これが新しいビジネスチャンスを生み出します。
ユースケースをこの3つに分けると、生成AIの使い方のほとんどがアシストとしての活用だけであることが分かりました。生成AIが世の中に登場してからすでに1、2年が経過し、これだけの広がりを見せています。将来的にも、非常に大きな可能性を秘めているにも関わらず、まだ補助的な役割にとどまっているのはなぜなのでしょうか。
多くのお客さまとお話をしていく中で、私は4つの課題があると考えるようになりました。
1つ目に、どうすればビジネスでの成果を上げられるのか。生成AIは非常に興味深い技術ですが、ROIをどうやって高めるのかという課題です。データがサイロ化した状態で導入してもビジネス上のメリットを得ることはできず、課題を解決するためにはエンドツーエンドで実装する必要があります。
2つ目は、実際にAIを活用できる人材がどれだけいるのか。
3つ目は、どうやって有害性を回避していけばいいのか。例えば、コンプライアンスを順守していくにはどうすればいいのかということです。
4つ目に、ハルシネーション(AIが事実と異なる情報を生成する現象)をどう防いでいけばいいのか。
これらが多くのビジネスにとって課題になっています。
原則2:テクノロジーを活用できる人材教育や組織改編の継続
可能性を秘めた新しいテクノロジーの展開を阻む、こうした課題をどのようにして克服していけばよいのでしょうか。そのためには、メソドロジーやアーキテクチャのみならず、人材育成や組織改編の観点からも取り組まなければならないことがあります。
適切なテクノロジー基盤を構築する
前提として、生成AIやChatbotをただ導入しただけでは、新たなビジネス価値が生まれるには至らないということを理解していなければなりません。重要なのは、企業のデータを活用して、予測を生み出すために生成AIを効果的に活用することです。そのために、TCSでは階層型アーキテクチャの導入を提案しています。
このアーキテクチャは、企業の既存のITシステムを土台に、その上のレイヤーにLLM、データレイク、外部データストアといった基盤を構築します。その上には、特定の目的や文脈に沿ってタスクを実行するAIエージェントを実装します。そして最後のレイヤーとして、従業員と連携してAIが業務を実行する拡張システムを導入する、という構造です。
重要なのは、こうした構造を強固にし、一つ一つの層を可能な限り充実させることです。そうすることで、ビジネスでの活用は容易になります。反対に、基盤が充実しておらず、データがサイロ化した構造で実装されてしまうと、有効なユースケースや適切な予測モデルが生まれないため、価値を創出できない可能性があります。
組織が変化に適応する
テクノロジーは急速に進化しています。進化の過程において、サイバーセキュリティの問題も出てくるでしょう。それらに対応していくためには、企業が生み出す価値や、企業の組織そのものが、変化に適応できることが重要なのです。特に組織は、変化を適切に捉えるものになっていなければなりません。従業員の役割、ひいては人間の役割自体が、AIの導入により変わっていくでしょう。仲間や従業員が変化を拒むのであれば、技術の展開は止まってしまいます。だからこそ、私たちは導き、教えることができるようにならなければなりません。皆の恐怖心を取り除き、即座に変化に適応できる文化を作っていかなければなりません。
継続的な人材変革に投資する
組織の変化に応じて、人材も変わっていくためのトレーニングが必要です。いわゆるIT部門の人だけでなく、ビジネスサイドの人も変わっていかなければ、技術をうまく使いこなせず、単なる導入になってしまいます。そうした組織は、生成AIの採用に苦労するでしょう。
原則3:あらゆる環境変化に対するレジリエンシー
最後に、「あらゆる環境変化に対するレジリエンシー(回復力)」について。お客さまとのプロジェクトに携わる中で、柔軟で強いサプライチェーンこそがビジネスのレジリエンシーを高める上で重要であることが見えてきました。そこで、COVID-19で明らかになったサプライチェーンの脆弱性への対処方法について、例を挙げてご説明します。
1つ目は、グローバルに展開する消費財企業における需給の動的最適化システムの導入です。需給を予測することでサプライチェーンを管理し、機会損失を防げるようになりました。
2つ目は、米国でのアルミニウム工場設立に伴う、システムのモダナイゼーション。そして、柔軟なサプライチェーンの構築プロジェクトです。このプロジェクトでは、インダストリー4.0を導入しました。インダストリー4.0ではIT技術を駆使しますが、効果を最大限発揮するために重要なのは、その技術を運用する環境を整えることです。さらに、社員には継続して新しいテクノロジーの学習を推奨し、適応力のある人材を育成していく必要もあります。そうして初めて、レジリエンスのあるサプライチェーンを実現していくことができるのです。
改めて、変化の中でも力強く成長を続ける「いかなる時代にも適応できる企業」を実現するためには、
原則1:新しいテクノロジーの積極的な導入
原則2:テクノロジーを活用できる人材教育や組織改編の継続
原則3:あらゆる環境変化に対するレジリエンシー(回復力)
これらの3原則をきちんと体現していくことが求められます。
私たちTCSが目指しているのは、まさにお客さまをこの「いかなる時代にも適応できる企業」へと変えていくことです。皆さまがこれからどんなことをやっていきたいと思っていらっしゃるのか。私たちは、お客さまとの対話を通じてこれを理解し、長期的な信頼関係を築くことでこそ、お客さまの成功を実現できると確信しています。全世界のTCS社員がこの姿勢のもと、皆さまのビジネスを支援して参ります。